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2010年6月 6日 (日)

最近は劇場がブランド化している

単なる私の感想ですが、この話題前も書いたような気がするけど、思い出せないからいいや書いちゃえ。

劇場の格差が著しい。最近自分が観る芝居の上演劇場がどんどん偏ってきている。トップクラスの人たちがこぞって芸術監督になったものだから、劇場が上演団体を選ぶようになって、トップクラスの人たちだけあって目の付け所がよくて、気になる企画、団体の上演が続いている。芸術監督制度なんてものが日本に根付くのかと思っていたけど、このまま行くと根付きそう。

具体的にブランド候補の劇場は、こまばアゴラ劇場、王子小劇場(観に行かないけど、気になる劇団はここを通って売れ始めることが多い)、三鷹市芸術文化センター(これも場所が遠くて見逃しているけど気になる劇団が多い)、世田谷パブリックシアター、東京芸術劇場、彩の国さいたま芸術劇場、パルコ劇場、シアターコクーンあたり。

これらの劇場で芸術監督をおいているのは公立劇場が多いけど、共通点としてはさきほど書いたとおり、劇場が上演団体を選んでいること。その趣味や志が反映されたラインナップは、見ていて楽しい。

逆に、下北沢がつまらない。新宿もつまらない。貸し館ばっかりやっているからでしょう。面白い芝居が続かない。最近の本多劇場なんて、ナイロン100℃と大人計画と阿佐ヶ谷スパイダースだけ順番に上演するのが役目のように思える。

こうなると、「あの劇場に行けばなんか面白い芝居をやっている」という状態になる。そうなると、その劇場で上演することがステータスとなるし、興行のためにも知名度のためにもかかせなくなる。昔は劇場すごろくという言葉があった(今でもある?)けど、今は劇場(の芸術監督なり劇場つきの制作者なり)に認められるかが重要。貸し館でいくら上演しても、それはゴールのないすごろくの堂々巡り。そこで下手をすると、劇場がいばって権威化するという可能性もあるけど、そこはビジネスの原則(売れないものは淘汰される)と、もうひとつ、芸術家の矜持(「おれはおれが面白いと思うものを選んだのであって、情実やえこひいきの出番はない」みたいなもの)に期待する。

だから上演側として取りうるキャリアパスは3つ。

一つ目は、上記の劇場の目に留まるようにひたすら工夫する。何を持って工夫とするかは観客の自分にはわからないけど、とにかく上記の劇場の、できればフェスティバルの参加を目指す。

二つ目は、ひたすら貸し館で上演する。でもこれはまもなく廃れる。すくなくともあと10年は、面白い上演団体を放っておくほどの余裕はない。なのでこのパスはまもなく無効になる。

三つ目は、国内の劇場に頼らず、世界を目指す。チェルフィッチュは成功した。快快も目指しているらしい。これも何が必要かと訊かれても困るけど、予想するに、オリジナリティと、世界に通じるコアな部分(ローカル性を排除するというものでもなく、どローカルが逆にどローカルな人たちに受けることもある)と、あと自分たちの上演内容の意図を言語化してアピールできること、でないかと思う。もちろん、海外で上演するなら立場に応じた語学力は必須。

これからの小劇場は、たぶん、これまでの小劇場より早く有名になれる代わりに、だらだら芝居をやっている個人や団体への淘汰の圧力がいっそう厳しくなる。それが観客にとって吉と出るか凶と出るか、それはこれからの話。あと5年経ったら、続きを話そうじゃないか。

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